沖縄今帰仁村の標高約100mの高台にある「今帰仁城跡」。琉球王国成立以前に築城された北山王国のグスク跡は、2000年に琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産に登録されている。
今帰仁城は北山(ほくざん)・中山(ちゅうざん)・南山(なんざん)の、3つの王国が勢力争いをしていた三山鼎立(さんざんていりつ)時代に北山王の居城として築かれた。築城は13世紀まで遡ると伝えられている。1416年には中山(のちの琉球王国)軍に攻められ北山は滅亡し、監守と呼ばれる代官を派遣して沖縄北部を統治。しかし1609年に薩摩藩が侵略し今帰仁城は焼失してしまう。1665年には廃城となってしまったが、地域の人々の精神的な拠り所として現在に至っている。

今帰仁城の最も外側の外郭

平郎門(正門)
今帰仁村今泊の標高約100mの高台にある今帰仁城跡へ。第1駐車場に車を駐めてグスク交流センターの券売所にてチケットを購入し、今帰仁城跡屋外模型を見ながら進むと外郭に辿り着く。外郭は高さ2mほどの石垣が数百メートル連なり、地形を巧みに利用した曲線を描く姿は日本本土見られる他の城の石垣とは異なり見応えがある。使用されている石は硬く割れ難い性質を持つ古期石灰岩で、元々は海中にあったためアンモナイトなどの化石が発見されることも。
平郎門は1962年に修復された石の城門で、チケットを見せるゲートも兼ねている。琉球王府が編纂した琉球国由来記には「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」と登場している重要な場所。平郎門を抜けると踊り場を挟みながら3段、5段、7段と階段が繰り返される七五三の階段を上る。左手には馬を養い兵馬を訓練した大隅(ウーシミ)があり、ここを見下ろす景色は素晴らしかった。

最も高い石垣が築かれた大隅