京都市左京区にある「銀閣寺」は、室町幕府第8代将軍・足利義政が1482年に山荘「東山殿」として造営したのが始まり。観音殿(銀閣)と東求堂は当時のまま現存し、国宝に指定されている。
銀閣寺の正式名称は「東山慈照寺(とうざん じしょうじ)」で、臨済宗相国寺派の寺院。名前の由来は金閣寺に対して称せられたと言われ、銀箔の装飾は施されていない。華やかな金閣寺とは対照的に簡素で落ち着いた美しさが特徴。応仁の乱などの戦火を奇跡的に潜り抜け、1994年12月に世界遺産にも登録されている。綿鏡池(きんきょうち)を中心とした庭園も見どころで、白砂を使用した銀沙灘(ぎんしゃだん)と向月台(こうげつだい)は独創的な景観を作り出している。

誰もが最初に通る総門

観音殿(銀閣)/国宝
銀閣寺前のバス停で降り、琵琶湖からの疎水が脇に流れる哲学の道を歩いて銀閣寺へ。京都の伝統美を感じさせる石畳の先にある総門を抜け、銀閣寺垣と呼ばれる独特な構造の竹垣を左手に見ながら進む。受付で拝観料を納め中門を潜った先には観音殿(銀閣)の姿が。室町時代の楼閣建築は下層が書院造の心空殿、上層は禅宗様仏殿の潮音閣で二層構造になっている。円錐状で高さ約1.8mの向月台と、波紋を模した銀沙灘の砂盛りから見る観音殿(銀閣)はコントラストが素晴らしい。
江戸時代に再建された本堂(方丈)は、南宋画家の与謝蕪村(よさぶそん)、池大雅(いけのたいが)の襖絵が所蔵されている。本堂の隣には東求堂(とうぐどう)が構え、日本最古とされる四畳半の同仁斎は茶室や書院造の原点として非常に価値の高い建築。茶道・華道・建築・芸能などにおいて欠かせない侘び・寂びは、この東求堂が大きな影響を及ばしたと思うと感慨深い。

東求堂/国宝